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フライング・サラリーマン、略してフラリーマンの気まぐれエッセイ♪ (^o^)/

 ☆海辺のカフカ  2011年5月28日
最近何かと話題の村上春樹の小説でも読んでみようと思い、「海辺のカフカ」を読んでみた。ニューヨーク・タイムズで年間の「ベストブック10冊に選ばれ、世界幻想文学大賞に選出されたという話題作だそうだ。
しかし、フラリーマンはこの小説を三流以下の駄作だと断定したい。 もしこの小説を村上春樹ではなくフラリーマンが描いていたら賞を取るどころか本にさえならなかっただろう。

小説には謎の答えを明かさないことで、読者にその答えを問いかけて物語りそのものに深みを与えるものがある。 しかし、この海辺のカフカはそんな上等なものではない。 結末を考えずに思いつきで色々謎を書いてみたが、結局作者の能力不足のため謎の答えを考えつかなかっただけの小説だ。 その全ての謎には意味がない。 人と人の関係にさえ何の意味もない。

ナカタさんの先生が発情して生理になったのはHなシーンを書きたかっただけ。 猫殺しのシーンは残酷なシーンを書きたかっただけ。 ナカタさんが猫と話が出来るのは若い女性の読者の受けを狙っただけ。 「カフカ」という名前を使ったのは、作者がフランツ・カフカを知ってるぜ!と自慢したかっただけ。 ジョニー・ウォーカーもカーネルサンダーも締め切りの追われて苦し紛れに必死で書き殴っただけ。 ネットでは色々と深読みをしているが、そんな深読みをするだけの価値もない。

書き出しの戦時中に銀色の飛行物体が現れて子供がおかしくなった事件、それを追いかけるアメリカの軍事関係者。書き始めはSF+ミステリー調で書きたかったのだろうが、途中でそれを投げ捨ててしまったため、その後この場面に関する進展は全くなく小説の中で意味をなしていない。
小説の中で最も重要なナカタさんと田村カフカとの接点さえも何の必然も意味もない。 色々なぞめいたことを書き続けてきたが、結末が思い付かず三流作家でさえ書くのをためらうような「入り口の石」を引っぱり出して無理矢理終わらせている。
この石をひっくり返すことに意味も意義も必要も見つけられないしナカタさんの死にも意味がない。 ナカタさんの口から出てきた生き物に至っては気が振れたのではないかとさえ思う。 姉との関係も無理矢理ギリシャ悲劇に合わせようとしただけ。 しかも姉でさえなく現実でさえない。 佐伯さんの死もナカタさんと同じく意味もなければ必然もない。

想像力が欠如した作者が必死になってノルマの原稿を結末も考えずに苦し紛れに書き連ね、収拾がつかなくなって投げ出しただけの本だ。 よくもまぁ、こんな恥ずかしい本を公開する気になったものだとあきれてしまう。 アニメ史上最悪の「エバンゲリオンの最終回」を見たような気分だ。 こんなものに賞を与えた人間の顔を見てみたい。 これを演劇にしようとしている人の頭の中身を見てみたい。 (多分、村上春樹の名声に便乗しようというだけのコバンザメだろうが・・・。)

さらに大島さんや喫茶店の親父は知識豊かであることを誇示したい作者自身の投影にすぎない! 何を今更、こんなことを自慢したいのだろうと思う。 まぁ、それにしてもこんなアホな小説のために時間を費やした自分が情けなくなるフラリーマンであった。 残念!!

 ノルウエーの森(映画)  2013年4月12日
今日、村上春樹が「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」という新作の販売を開始した、という訳ではないが先日ノルウエーの森の映画を見た。 海のカフカで失望した分、彼の作品の活字を読む気力が沸かなかったので、ベストセラーの映画を選択したということだ。
簡単に内容を書くと以下のとおりだ。
幼馴染の男女の高校生カップルA夫とB子がいて、A夫の友人が主人公C太。 この幼馴染カップルのA夫が高校時代に自殺。 大学に入って突然C太のまえにB子が現れていい仲になってしまう。 しかしB子は元彼の自殺のショックが抜けきらずうつ病で入院。 その間、C太は別の女D美(D美には彼氏がいる!)といい仲になりながらも、同情と愛欲が絡みあってB子が忘れられない。 その後、B子が自殺。 C太はD美に戻って行く。

といった珍しくもない簡単な話だ。 何でこんな薄っぺらい内容の本がノーベル賞ものなのか? 夏目漱石の「こころ」の方が遥かに人の複雑な心境を表現している、と思うのは私だけだろうか?

ノルウエーの森は単に、死んだ友達の彼女と付き合っただけの話ではないか! 別の女のD美には作品の中では全く意味がない! 単に、作者がB子をうつ病で入院中としてしまったため、入院中にB子と主人公のC太の間でイベントが発生せず、話を進めることが出きなかったため、無理やり作った登場人物だ。
B子をうつ病で入院させてしまったところに作者の想像力の欠如を感じる。 本来ならば、死んだ友人の彼女と付き合うという禁断のシチュエーションについて、主人公と彼女がどのように苦しむのか、どのように葛藤するのかを書き綴るべきだろう。 それを「うつ病で入院」とすることで難しい場面から作者は逃避している。
「生は死の対極として存在しているのではなく、その一部として存在している」と大きく書きながら、うつ病の彼女を自殺で殺してしまうのは大きな矛盾だろう。 彼女を殺してしまえば、「生は死の対極として存在している」ことになってしまう。 それを分かっていてなぜ作者は彼女を自殺させたか? それは物語の結末を付けるにはこれが最も簡単だからだろう。つまり手抜きなのだ。

新作の発表まで一切内容を明かさないことで読者の想像力と興味を引きつけて売上を促進させる、という小賢しさがこの本の内容にも現れていると思うのはフラリーマンだけだろうか?

村上作品の素晴らしいところは作品の中の「セリフ」や画面描写にあると思う。 読んでいて読みやすく心地が良い。 また、素直に心に届いてくれる。 しかし、この内容では「せか中」にさえ届いていない。 残念!

 1Q84  2013年8月20日
1Q84を読んでしまった。
面白いと言っちゃ面白いし、つまらないといえばつまらない。 この本も色々秘密や謎を入れ込んだものの、自分で消化しきれずに最後は投げ出してしまっている。 この男は、結末を考えずにその場の気分で小説を書いているのだろう。 結末は書きながら後からついてくる、ってな感じだ。 ところが結末は彼にはついてきてくれない。 そうなるとノルウエーの森やカフカ、1Q84になってしまうのだろう。
しかし、彼の読者を惹きつける文章の書き方には感心させられる。 次はどうなるのだろう? その後は? その次は? という感じで気が付けば単行本6冊を読み終えている。 暇つぶしには非常に持って来いだ。 しかしながら読んだ後に何も残らない。 まるでエロ小説みたいだ。 残念!! 

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